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福井地方裁判所 平成11年(行ウ)7号 判決

主文

一  被告が、財団法人福井空港周辺整備基金に対して、別紙貸付金目録記載の貸金合計二三億円の返還を請求しないことが違法であることを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、福井県の財団法人福井空港周辺整備基金(以下「整備基金」という。)に対する合計二三億円の貸付金についてされた履行期限延長契約は違法であるから、整備基金は右貸付金を直ちに福井県に返還する義務を負うところ、福井県の執行機関である被告はその返還請求を怠っているとして、原告らが、被告に対し、右貸付金の返還請求を怠ることが違法であることの確認を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  福井県は、整備基金に対し、別紙貸付金目録記載のとおり、合計二三億円を、履行期限をいずれも平成一〇年三月三一日と定めて貸し付けた(以下「本件貸付」という。)。

2  福井県と整備基金は、平成一〇年三月二〇日、本件貸付の履行期限を平成一五年三月三一日まで延長する旨の契約をした(以下「本件契約」という。)。

3  本件契約は、地方自治法施行令(以下「令」という。)一七一条の六第一項各号が、普通地方公共団体の長において、当該普通地方公共団体の有する債権の履行期限を延長する契約をすることができる場合として定める事由のいずれにも該当しないのにされたものであり、同項の規定に違反するものである。

4  原告らは、平成一一年二月九日、本件貸付金の返済に関して、福井県監査委員に対して監査請求をしたが、監査委員は同年四月九日、右請求を棄却した。

二  争点

1  本件契約は私法上有効か否か

(原告らの主張)

(一) 本件契約は私法上も無効である。その理由は次のとおりである。

(1) 令一七一条の六第一項は、地方自治体の健全財政の確立に寄与するための財政秩序維持の規定であるから、これに違反した契約は私法上も無効である。

また、地方自治法(以下「法」という。)は、「普通公共団体の長は、債権について、政令の定めるところにより、その督促、強制執行その他その保全及び取立てに関し必要な措置をとらなければならない。」(二四〇条二項)、「普通地方公共団体の長は、債権について、政令の定めるところにより、その徴収停止、履行期限の延長又は当該債権に係る債務の免除をすることができる。」(同条三項)と定めているのであって、右法の委任を受けて令一七一条の六第一項がその要件を定めたのであり、本件契約の相手方である整備基金も、債権の履行期限の延長が許される場合の要件が法定化されていることは当然に知っているべきである。

特に、整備基金は、福井県副知事を代表理事とし、福井県土木部長を副理事長とする財団法人なのであるから、本件契約が同項の要件を満たさない違法なものであることを知っていたというべきであるし、また、知らなかったとしても、知らなかったことに重過失があるというべきであるから、本件契約を無効としても、整備基金の地位を著しく害し、法的安定性を損ねることはない。

(2) 整備基金が本件貸付金の全額を金融機関の定期預金としていること、寄附行為に基づく空港周辺整備事業に対する資金助成は定期預金の果実及び寄附金によっていること、今後負担する債務もないことなどから、直ちに本件貸付金の回収が可能であるとはいえず、そのことから本件契約が有効であるともいえない。

(3) 本件契約について、県議会の実質的同意を得ているとしても、そのことから本件契約が有効であるとはいえない。

(4) そもそも、整備基金は法二四一条に基づく基金として設立されるべきであったのに、財団法人として設立されたものであり、その設立自体が同条に違反するから、整備基金に対する本件貸付も違法無効である。

(二) したがって、整備基金に対する本件貸付の履行期限は平成一五年三月三一日には変更されておらず、平成一〇年三月三一日であるから、整備基金は福井県に対して直ちに本件貸付金を返済する義務を負っている。

(被告の主張)

(一) 本件契約は私法上有効である。その理由は次のとおりである。

(1) 令一七一条の六第一項の制度趣旨は、地方自治体の債権管理の適正化として、本来の履行期限に履行を受けることが可能な債権については、確実にその回収を図らせると共に、一時に全部の履行を受けることが著しく困難な債権については、履行期限を延長することで、不納欠損を回避し、後日の回収可能性を確保することとし、もって地方自治体の健全財政の確立に寄与するところにあるのであって、同項は専ら自治体の長及びその補助機関に向けられた財政秩序の維持規定であり、契約の効力に影響を及ぼすものではないから、本件契約が同項に違反するからといって、右契約が無効となるものではない。

(2) 仮に令一七一条の六第一項に違反する契約が無効になる場合があるとしても、それは、地方自治体の債権確保ひいては財政状況の安定が害される場合に限られるべきであるところ、整備基金は、本件貸付金の全額を金融機関の定期預金としており、寄附行為に基づく空港周辺整備事業に対する資金助成は定期預金の果実及び寄附金によっていること、整備基金が負担している債務は本件貸付債務のほか、市町村からの借入金のみであり、今後負担する債務はないこと、整備基金は右市町村からの借入金もまた全額定期預金としていることからすれば、本件契約により本件貸付金の回収が危険にさらされることはないから、本件契約は無効とはならない。

(3) 令一七一条の六第一項に違反する契約が無効になる場合があるとしても、それは違反行為の態様も考慮に入れて判断すべきところ、被告は、本件契約の締結に当たって、議決事件に該当しないにもかかわらず、平成一〇年二月県議会において提案理由に掲げ、全員協議会で説明を行い、本会議並びに土木常任委員会、予算特別委員会及び総合交通特別委員会の各委員会において審議した上、最終的に議会の実質的同意を得ており、右契約が令一七一条の六第一項に違反した瑕疵は重大ではないから、本件契約は無効とはならない。

(4) 法二四一条は、特定の目的のために定額の資金を運用する場合に、条例をもって基金を設立することを地方公共団体に義務付けたものではないから、財団法人として整備基金を設立したことに違法はない。

(二) したがって、整備基金に対する本件貸付の履行期限は平成一五年三月三一日に変更されているから、整備基金は現在のところ福井県に対して本件貸付金の返済義務を負っていない。

2  法二四二条の二第一項三号の怠る事実の違法確認請求において、財産的損害の発生は要件か否か

(原告らの主張)

法二四二条の二第一項三号の怠る事実の違法確認請求においては、財産的損害の発生は要件ではない。

(被告の主張)

(一) 住民訴訟は、本来、法二四二条の二第一項三号の怠る事実の違法確認請求を含めて、法二四二条一項に定める財務会計行為を対象とするものであるが、これは住民の負担する公租公課から形成される地方公共団体の公金や財産に対する損害を防止、是正、回復することを目的とするものであって、行政一般の非違を追及するものではない。したがって、普通地方公共団体に財産的損害が発生していない場合には、住民訴訟において追及することは認められないから、本件においても、福井県に財産的損害が発生しているか、もしくはその可能性があることが必要である。

(二) しかし、整備基金は、本件貸付金の全額を金融機関の定期預金としていること、寄附行為に基づく空港周辺整備事業に対する資金助成は定期預金の果実及び寄附金によっていること、整備基金が負担している債務は本件貸付債務のほか、市町村からの借入金のみであり、今後負担する債務はないこと、整備基金は右市町村からの借入金もまた全額定期預金としていることからすれば、本件貸付金の回収は将来確実に可能である。

また、被告は、本件契約の締結に当たって、議決事件に該当しないにもかかわらず、平成一〇年二月県議会において提案理由に掲げ、全員協議会で説明を行い、本会議並びに土木常任委員会、予算特別委員会及び総合交通特別委員会の各委員会において審議した上、最終的に議会の実質的同意を得ていることからすれば、仮に福井県が現在本件貸付金を回収したとしても、再度整備基金に同額の再貸付が行われることは明らかである。

したがって、被告が整備基金に対して本件貸付金の返済を請求しないことから、福井県に損害は発生しない。

第三争点に対する判断

一  本件契約は私法上有効か否か(争点1)について

1  令一七一条の六第一項は、普通地方公共団体の長が、当該普通地方公共団体の有する債権の履行期限を延長する契約をすることができる場合として、(1)債務者が無資力又はこれに近い状態にあるとき(同項一号)、(2)債務者が当該債務の全部を一時に履行することが困難であり、かつ、その現に有する資産の状況により、履行期限を延長することが徴収上有利であると認められるとき(同項二号)、(3)債務者について災害、盗難その他の事故が生じたことにより、債務者が当該債務の全部を一時に履行することが困難であるため、履行期限を延長することがやむを得ないと認められるとき(同項三号)、(4)損害賠償金又は不当利得による返還金に係る債権について、債務者が当該債務の全部を一時に履行することが困難であり、かつ、弁済につき特に誠意を有すると認められるとき(同項四号)、(5)貸付金に係る債権について、債務者が当該貸付金の使途に従って第三者に貸付を行なった場合において、当該第三者に対する貸付金に関し、右(1)ないし(3)までの一に該当する理由があることその他特別の事情により、当該第三者に対する貸付金の回収が著しく困難であるため、当該債務者がその債務の全部を一時に履行することが困難であるとき(同項五号)を定めており、これらの事由のいずれにも該当しない場合には債権の履行期限を延長する契約は許されないものと解される。ところが、本件契約が、これらの事由のいずれにも該当しないのにされたものであることは当事者間に争いがないから、右契約は同項の規定に違反するものである。

2  しかし、令一七一条の六第一項は、専ら一般的抽象的な見地に立って普通地方公共団体の締結する契約の適正を図ることを目的として右契約の締結方法について規制を加えるものと解されるから、同項に違反して契約が締結されたということから直ちにその契約の効力を全面的に否定しなければならないと解する必要はない。

しかも、契約の相手方にとっては、そもそも当該契約の締結が、債権の履行期限を延長する契約を締結することができる場合として同項が掲げる事由のいずれに該当するものとして行われるのか必ずしも明らかであるとはいえないし、また、右事由の中にはそれに該当するか否かが必ずしも客観的一義的に明白とはいえないものも含まれているところ、普通地方公共団体の契約担当者が右事由に該当すると判断するに至った事情は契約の相手方において常に知り得るものとはいえないから、右普通地方公共団体の契約担当者の右判断が後に誤りであるとされ当該契約が違法とされた場合にその私法上の効力が当然に無効であると解するならば、契約の相手方において不測の損害を被ることも考えられる。したがって、同項に違反して締結された契約の私法上の効力については、債権の履行期限を延長する契約を締結することができる場合として同項の定める事由のいずれにも当たらないことが何人の目にも明らかである場合や契約の相手方において当該契約の締結が許されないことを知り又は知り得べかりし場合のように、当該契約の効力を無効としなければ、債権の履行期限を延長する契約の締結に制限を加える同項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められる場合に限り、私法上無効になるものと解するのが相当である。

そして、債権の履行期限を延長する契約が同項に違反して締結された点において違法であるとしても、それが私法上無効とはいえない場合には、普通地方公共団体は右契約に拘束されるのであるから、当該債権の履行期限は右契約にしたがって延長されたことになる。

3  そこで、これを本件についてみると、証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば、整備基金は、本件貸付金の全額を金融機関の定期預金としており、寄附行為に基づく空港周辺整備事業に対する資金助成は定期預金の果実及び寄附金によっていること、整備基金が負担している債務は本件貸付債務のほか、市町村からの借入金のみであり、今後負担する債務はないこと、整備基金は右市町村からの借入金もまた全額定期預金としていることが認められ、整備基金が本件貸付金を履行期限に返還することが困難であるという事情のないことは明白である。他方、令一七一条の六第一項各号が債権の履行期限を延長する契約を締結することができる場合として挙げている事由は、いずれも、債務者において履行期限に当該債務の履行をすることが困難である場合であるところ、弁論の全趣旨によれば、整備基金は、福井県副知事を代表理事とし、福井県土木部長を副理事長とする財団法人であることが認められるのであって、右事実からすれば、整備基金は、本件契約が令一七一条の六第一項の要件を満たさない違法なものであることを知っていたか、知り得べきであったというべきであり、右契約の私法上の効力を無効としても、契約の相手方たる整備基金が不測の損害を被ることはないということができる。

したがって、本件契約には、その効力を無効としなければ、債権の履行期限を延長する契約の締結に制限を加える同項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められるから、その私法上の効力は否定されるというべきである。

4  そうすると、整備基金に対する本件貸付の履行期限は平成一五年三月三一日には変更されておらず、平成一〇年三月三一日のままであることになるから、整備基金は福井県に対して直ちに本件貸付金を返済する義務を負っている。そして、被告は、福井県の執行機関として、整備基金に対し、本件貸付金の返還を請求する義務を負うところ、これをしないことについて正当な理由があることを窺わせる事情はおよそ認められない。

5  したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告が、整備基金に対して、本件貸付金の返済を請求しないことは違法である。

二  法二四二条の二第一項三号の怠る事実の違法確認請求において、財産的損害の発生は要件か否か(争点2)について

住民訴訟は、行政一般の非違を追及するものではなく、法二四二条一項に定める財務会計行為を対象とし、住民の負担する公租公課から形成される地方公共団体の公金や財産に対する損害を防止、是正、回復することを目的とするものである。したがって、法二四二条の二第一項三号の怠る事実の違法確認請求においても、財産的損害の発生又はその可能性があることが要件となると解するべきである。しかし、右財産的損害の有無は、普通地方公共団体の収支の観点からこれを評価すべきであるところ、本件においては福井県は整備基金に対し本件貸付金合計二三億円の返還請求権を有しており、これが返還されれば福井県には二三億円の収入が生じることになるのであるから、これを怠ることにより、福井県に損害が発生していることは明らかである。

これに対し、被告は、①本件貸付金の回収は将来確実に可能であること、②仮に福井県が現在本件貸付金を回収したとしても、再度整備基金に同額の再貸付が行われたことは明らかであることを理由に、福井県に損害は発生していないと主張するが、①の将来の回収可能性、②の将来の新たな支出の予定は、いずれも福井県の現在における収入の減少という損害の事実自体を左右するものではないから、右被告の主張はいずれも失当である。

三  以上のとおり、原告らの請求は理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田嘉彦 裁判官 酒井康夫 裁判官 岩崎邦生)

〈以下省略〉

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